つむじ

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宝塚歌劇団星組『エルアルコンー鷹ー/Rayー星の光線ー』を観た感想その1〜礼真琴さんと愛月ひかるさんはすごいよ編〜(11月22日11時30分公演)

圧倒されてるうちに終わりましたね……エルアルコンRay……

本当は一本の記事にまとめたかったところですが礼さんと愛月さんのすごさを説明するだけで長い文章になると判断したので独立した記事にすることにしました。

 

内容はすでにTwitterのほうで呟いたこととそんなに変わりません。また再演なのでネタバレも何もない感じですが、先入観なく観たい方はブラウザバックをおすすめします。

全て個人の感想です。怪文書のように感じられる部分があるかもしれませんが書き手は正常です。

観た。2020/09/15『FLYING SAPA』|おぎた|note を読むとより私が何を言いたいかが分かりやすくなると思います。

 

 

礼真琴さんの強さと広がり

まず改めて驚かされたのは礼真琴さんが圧倒的に「強い」ことです。

私の持論の一つに「生身の人間とタカラジェンヌは別の生き物」というものがあります。宝塚歌劇の舞台の上に立つひとたちは、芸名というベールの向こう側に存在している、特殊な鍛錬を積み、独特の化粧や補正に身を包んだ、「タカラジェンヌという生き物」です。舞台を降りてもなお芸名というベールは健在です。

我々観客もタカラジェンヌタカラジェンヌだと思うことにより宝塚の舞台は成立しています。おそらく。

しかし礼真琴さんはタカラジェンヌでありながら人間なのです。というか人間のままタカラジェンヌをやれてしまう強さを持っていらっしゃる方が礼さんなのです。

舞台姿とオフでの姿をご存知の方ならきっとわかっていただける思うのですが、礼真琴さんはタカラジェンヌでありながらその本質は極めて人間くさく、親しみを感じられるお人柄の持ち主です。また『かもめ』『ロックオペラモーツァルト』などで顕著ですが、危うさや人間くささ、一種の泥くささを纏ったお役がたいへん得意な方です。

人間らしい危うさを持ちながら「タカラジェンヌ」ができてしまう強さを持った礼さん。その強さは舞台上でのパフォーマンスにも息づいていると個人的に思います。

 

さて今回『エルアルコンー鷹ー』を観劇したさい、私が礼真琴さんに感じたのは「礼真琴という概念が広がっている……!!!!」ということです。

その実力・強さ・危うさの全てをもって、「礼真琴」という概念を押し広げている、と感じました。

ロックオペラモーツァルト』を観劇したさい礼真琴さんに「すごい通り越して怖いの域にいる、すごい」という感情を抱いたのですが、今回はその時を上回る畏怖の念を感じました。すごすぎる方だ……

 

 

愛月ひかるさんのすごさ

愛月さんについてですが、私が一番感じるのは「ここまで人間的な魅力を持った礼真琴さんというスターと真っ向から『タカラジェンヌ』として張り合えるなんて、本当にすごい方だ!」ということです。

全ツアルジェから薄々感じていたのですが、愛月ひかるさん、どんなスターが相手でも決して怖気づいたり妥協したりせず、全力でぶつかっていけるんですよ。

相手が礼真琴さんでも、タカラジェンヌとしてまっすぐぶつかっているなあと舞台を見て感じます。

それができるのはおそらく愛月さんのなかに確固たる「タカラジェンヌ」としての信念があるからかな、と舞台姿やインタビュー記事、かつて流れていたお茶会レポなどを思い返して感じます。

それは一癖も二癖もあるお役や変わったお役を「宝塚歌劇」「タカラジェンヌ」「男役」として成立させる愛月さんの強みにもなっているのではないでしょうか。

それほどまでに愛月さんはいち「タカラジェンヌ」として強い方だと思います。

それはそれとしてルミナスといういわゆる白い役もメチャメチャ似合っていたので、今後は癖のある役はもちろんどストレートに男役としてかっこいい!!キラキラ!王子様!という役もどんどん振ってほしいなあと感じました。あと霊歌の場面でのハットの被り方がメチャメチャかっこよかったです。

 

 

まとまらないまとめ

自分の言語化の精度の限界を感じてきたので切り上げます。とにかく礼さんの2番手が愛月さんというこの状況は本当にすごいと思うし贅沢だなあと思います。

お二人の妥協のないぶつかり合いの結果最高の舞台が生まれているのではないでしょうか。

無事に千秋楽の幕が下りるまで礼さんと愛月さんをはじめとする皆さんが輝けるよう祈るばかりです。

作品そのものや他の方の感想については後ほど別の記事に書き連ねようと思います。